福島の飯舘牛を南アルプスで育てようプロジェクト4

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今日は朝からたくさんの方からメッセージを受けた。
昨夕に、山梨のローカルニュースとして牛到着の模様が放送されたことと、
今朝の山梨の地方版各社朝刊にこの飯舘牛のNPOによる購入プロジェク
トが紹介されたこと、さらにNHKの朝の全国版に牛到着の様子が流れ、ま
た午前中にはYahooのトップページにも紹介された(らしい。私は見られな
かったのだ)当事者の菅野さんは、地元飯舘にもこの情報がメディアに流
れたことでかなり動揺していた。

情報が広まるのは、自分の想いが思ったとおりに伝わるわけではない。
良くも悪くも広がって行くのだ。予想していたとはいえ、地元の心情を、身を
もって体感している菅野さんにとっては、この話題が地元飯館に届くことに
よるさまざまな感情のうねりを、正面から受け止めきれずにいるようだ。

一晩をN’POえがおつなげての好意で、北杜市の温泉旅館に宿を取って
休んでもらった菅野さん夫妻と、NPOえがおつなげての曽根原代表理事と
藤尾さん、私とで今後についての打ち合わせを行う。

現在の飯舘の状況を、現場で生活していた菅野さんの目と、離れた私たち
の目と、これから起き得るさまざまな可能性と、どうしたいかという自分の
希望と、短時間では語りつくせないのだけれど、

私が動いてしまったことで引き起こされたさまざまな問題は、いまさら引っ
込みはつかないのだから、

常に前向きに考える。

事態が悪い方向に向かうと感じても

その状態を基準に、自分に出来る前向きな行動を取る。

未来を作るのは、私の思いを
行動に移して選択した結果。

宿の前で曽根原さんと記念写真を取って、

菅野さんと南アルプス市内に戻る。

その戻る間の短い時間の中でも、
菅野さんの中で、ものすごい葛藤や悩みがあったのだろう

牛を運んできたトラックは、ゆっくりと私の
車の後ろをついてくるので、
いつもの調子で進みそうになる私は少しはっとする。

中央自動車道は現在50kに規制されているのだ

決められたルールを守る。

私はそんな福島県民の菅野さんの不器用に見えてしまう
まじめさに、改めて思うのだ

私が菅野さんから牛を購入したのは間違いであるはずは無く

どうであれ、結局私は買うことになる運命だったのだ

そうでなければ、こんなクソ真面目な(笑い)青年と
出会えるはずはなかったのだから

私の周りのおぢさんたちもこんな感じで
生意気な頭でっかちの若手農業後継者として
舞い上がっていた(今も舞い上がっているが)
私を、見守ってくれていたのかもしれない。

少しおじさんに近づいた、元青年の私は
なんだか自然と微笑んでいるのだ。

車は南アルプスに戻り、そこで日本経済新聞社の
記者さんが、待っていてくれた。

菅野さんの想いと、私のいたらなから菅野さんに
心配をかけさせてしまった少しの反省とを

記者さんの前でちょっと整理しながら、取材は進み
もう一度菅野さんは、山梨に運んできた牛の元に、

到着した電柵の前に牛は姿が無く、ちょっとだけどきどき
しながら、遊休化した農地の奥のほうに進んで行くと

NPOが以前から飼っていた2頭のジャージー牛の後ろを
ちょこちょこと2頭の黒毛和牛がついてきてくれた。

菅野さん夫婦にえがおが溢れる。

ああこのひとたちは本当に牛がすきなんだなあ

ただ、牛を育てて、生活していきたいだけなのに

これから二人は飯舘に戻る。

これから私はパソコンの前に戻る。

そう、今日は3月31日
NPOの請け負った様々な事業の報告書を提出する

締め切りの日だったりする。
(夏休みの宿題は前日にやっつけながら、翌日の言い訳を
考えるこどもです。)

今回は3の続きは無しですね。